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【寄稿】”有事郎“こと新妻眞一君からの謝罪とメッセージ②

管理人注:
新妻君は、私たち穂波の会の一員ではありません。新妻君は、穂波の会の一人のメンバーと個人的な付き合いがあり、その縁で、彼の謝罪であったり、後悔を語る場を提供することとなりました。


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私はかつて「行動する保守」運動のデモ行進などの活動に参加していた者です。
私が、辞めるに至ったきっかけ、そして、その後の心境について書きたいと思います。

外国人による犯罪行為などを知るたび、
「治安の良かった頃の日本を取り戻したい」
「日本に土足で踏み込んで治安を悪化させる不良外国人を許すな!」
私は、そんな思いから「行動する保守」運動に関わるようになりました。

次第に「行動する保守」運動の活動で知り合いも増えていきました。敵(とみなした)との対話は禁止され、閉鎖的な環境だったからか、どんどん発言は過激になっていきました。

「○○人を叩き出せ、ぶっ殺せ」
と、声を上げることに抵抗感を最初は感じていました。
しかし、そういった発言に対して反対意見を口にすれば、自分が標的にされるかもしればい、という恐怖や、良くないのが、仲の良いメンバーもいましたので、彼らとの関係を壊したくないばかりに流されていました。
そして、抵抗感は次第になくなっていきました。

一番反省すべき点は「行動する保守運動」を居場所にしてしまった事と、「甘え」だったと思います。

正しい主張をしているのだから敵(とみなした)には何を言ってもよい、という「甘え」。
年長者も言ってるんだから、自分も言っても良いだろう、という「甘え」。
我々は過激な表現で抗議はするが抗議する相手を殴りはしないので、殴られるよりましだろうと言う勝手な正当化をした「甘え」。

「行動する保守」運動で知り合った人たちとは、活動以外にも、飲みに行ったり遊びに行ったりの付き合いもできました。
そんな人間関係を守るために無関係な人まで傷つけていました。
自分の周囲の評価を気にするあまりおかしいと思った事も注意せず、自分もそれに加担してしまっていたのです。
活動を離れてみると自分を取り巻く環境と、何となくですが現代の日本がよく見えてきました。

日本が好きな外国人の方や観光客の方々もたくさんいらっしゃったことでしょう。
そんな人達にまで、何故あんな酷い発言をしてしまったのか。
日本に生まれて、何らかの理由で日本が嫌いになり、しかし日本から出る事も出来ず、それでも犯罪行為などせず、ただ真面目に暮らしている方々がたくさんいらっしゃるでしょう。
そんな人にまで暴言を吐いて良いわけがありません。
日本に対しての好悪や、国籍で人を判断するのがそもそも間違っていました。
「行動する保守運動」にいた頃も、「行動する保守運動」の当時の仲間には隠していましたが、外国人の知り合いもいました。
本当なら、そこで考えて、気付けたはずなのですが、あの頃はそれに気付けないほど思考が停止してしまっていました。

そして、暴力までふるってしまったこと、無関係の方々に不快な思いと、恐怖心を与えてしまったことを今とても後悔し反省しています。

本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい。今も、やはりこれしか言葉が浮かんできません。

生まれる前から自分の住む国が嫌いな人などいません。
仮に日本が嫌いでも、犯罪行為などせず真面目に暮らしている方々もたくさんいらっしゃいます。
他人の幸福を奪って成り立つ幸福など無いのです。
国籍だけで判断し一括りにして罵声を浴びせるなど、間違いでした。
結局は憎悪を連鎖させ、逆に日本のイメージを悪くし、無関係の人達を傷つけただけでした。
そして、居場所にしていたのも間違いです。政治活動なら政治活動と割り切り、自分の居場所とごっちゃにすべきではなかったのです。
居場所にしてたら間違いに気付いてもおかしな遠慮をして指摘もせず不要に長居してしまうだけです。
今は間違いだったと考えているので決別しました。

まだ「行動する保守運動」に参加していたころ、「行動する保守運動」を居場所にしてしまっている人や、悩みながらも「行動する保守運動」の他に居場所がなく参加し続けている若者を見ました。

もし許されるのであれば、今後はそんな人や若者に、「行動する保守運動」ではない、居場所作りのお手伝いをさせて頂ければと思っています。
ただ、政治活動や 、そうとられるようなことは私はすることができません。
大変な迷惑をかけてしまい、それでも私を置いてくれた勤務先に、「今後は政治活動には関わらない」との念書を書いて提出したからです。
また、知り合いや友人からも次同じ事したら縁を切るときつく言われてます。
しかし、きっと何かできることはあるはずです。

平成27年8月10日
新妻眞一