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鬱陶しい人

最近、どうもお説教ばかりしている気がしてなりません。

世間一般でいうシステムエンジニアであったり、ITエンジニアであったり、そんな仕事を始めた時のことです。
中途入社だった私は会社から「歳上だから」と言われ、それだけの理由でやたらと若い子の面倒を見ることを命じられました。エンジニアという職業においては、職歴において私も面倒を見る対象の若い子も未経験だったか、あるいは、若い子のほうがキャリアを積んでいたにも関わらず。

人間には相性、つまり合う・合わないがあると考えています。
「私とは合わない」という理由で辞めた人間はさぞたくさんいたでしょう。しかし、なんだかんだ、数年は一緒に仕事をして、辞める際に「先輩のお陰で」云々とお礼を言ってくれた人間もいます。もちろん、社交辞令やお世辞かもしれないけれども。

以前の会社を辞め、流れ流れて今の会社に転職してからは、極力人の面倒を見ないように立ち回っていたので、そういった面倒事からは解放されていました。会社を転々とするITエンジニアなんか、単なる傭兵ですから、気楽に仕事ができるに越したことありません。
しかし、上司が退職したのが運の尽きでした。もともとやっている人間が極端に少ない、「ニッチ」なものを専門にしている私は、ところてん式にその分野における実質的な後釜にされてしまい、あろうことか、若い部下をつけられてしまったのです。(せめて、それを給与に反映して欲しいものです。)

それから、お説教、お説教。ああ、鬱陶しい。お説教をするのも鬱陶しいし、お説教されている方も、私を鬱陶しいと思っているのでしょう。
その部下とはどうやら縁がなかったようで、ご退場いただくことになりました。が、また入れ替わりに人が入ってくる予定があり、また部下がつくのでしょう。ああ、鬱陶しい。

プライベートでも周りに歳下が増えてきました。同世代の人間がどんどん結婚して、付き合いが悪くなるので、必然的に歳下が増えるのです。どことなく、お互いに鬱陶しい思いをしているのでしょう。
相手も私のことを鬱陶しいと思っていて、私も同じく鬱陶しいと思うことがあり、お互いに鬱陶しく思っているのであれば、そんな関係は断ち切ってしまえばいいのかもしれません。
でも、単に人当たりだけよくて、毒にも薬にもならない人間よりは、毒か薬になるだけマシなのだろう、きっと。そう思うことにしています。

まず、部下や後輩たちが覚えることは「私のような鬱陶しい人の話を聞き流すこと」かもしれないし、私が今、覚えることは、「言いたくなっても放っておくこと」なのかもしれませんね。
もちろん、それは大間違いかもしれません。人と人との関係に、きっと正解なんて無いので、だから何が正しいかわからないんですよ。

ああ、鬱陶しい。