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数字について、もうちょっと考えてみよう。

 先に結論を書いておきましょう。
 この記事で私が言いたいことは、「数字に騙されてはいけない」ということだけ。「おうよ!」と思う方は、ブラウザの「戻る」ボタンや「閉じる」ボタンを操作してください。

 私が、「システムエンジニア」なんていう肩書きで仕事をしていることは以前にも何度か書いてきました。
 同じく以前にも、書いたことであるのですが、最近の主な仕事は金勘定や、「意味があるのかないのかわからない数字」を弾くことです。
 4月から、またまた職場での立場が上がってしまい、さらに若者の世話が加わってしまいました。
 だからといって、それが給与には一切反映されないのは、今の世の中で、とてもやり切れない部分の一つです。
 とはいえ、私も若者の頃は、オッさんや爺さん方の世話になったクチなのです。彼らにお世話になった通り、私は若者を誠心誠意「お世話」してやるのですが。。。
 あの野郎、本当に遠慮なしに食いやがる。
 私はオッさんであるのですが、爺さん方にとっては私のようなオッさんもまだ「若者」なのです。そのため、チェーン以上高級未満の焼肉店などで回収を試みるのですが、まだまだ収支はマイナスです。
 こういった日々を過ごしていて、「システムエンジニアって一体なんなんだろう…」という疑問を抱え、遺伝の関係か年々頭髪が薄くなる頭を抱えているのですが、今さら何ができるわけでもありませんので。

 さて「意味があるのかないのかわからない数字」とは何ぞや。
 その弾いた数字が意味があるかどうかは、時と場合によるし、私にとって意味のない数字でも、誰かにとっては意味があるかもしれない、ということです。こんなことを書いてもピンとこない方もたくさんいるでしょう。

 野球の話になりますが、野球には「打率」という指標(数字)があります。打率の算出式は以下の通りです。
 打率 = 安打 ÷ 打数
 プロ野球の選手は、規定打席(試合数 × 3.1)に達してかつ、3割(0.300)以上の打率を残すことができれば、優秀な成績であると言われているようです。
 さて、問題です。
 今、あなたは球場で贔屓球団の試合を観戦しているとします。九回裏、二死二塁のチャンス。今日休養をしている打率2割8分のバッターが代打に立つか、今日は結果がでていないものの、今シーズン3割の成績を残しているバッターがそのまま打席に立つか。監督の采配に注目が集まります。
 さて、こういったシチュエーションで、「打率」という数字は意味がある数字でしょうか?先に答えを言ってしまいましょう。「あまり意味の無い数字」です。

 1シーズン500打数あると仮定しましょう。
 シーズンで3割の打率を残すバッターは、150本のヒットを打つことになります。対して2割8分のバッターのヒットの本数は140本。2割6分のバッターのヒットの本数は130本。実は年間500打席で、2分で10本の差しかないのです。
 今年のプロ野球のレギュラーシーズン試合数は143試合です。
 そのため、打率3割のバッターと打率2割8分のバッターの差は、14.3試合に1本の差しかうまれません。繰り返しますが、14.3試合にヒットを1本多く打つか打たないかの違いしかないのです。今がその14.3試合のうちの1試合であるかの確率は6.9%、6分9厘しかないのです。
 よって、打率という数字では期待値にさして違いはなく、それよりも別の要素で期待値を測るべきです。

 打率という数字の、2分という違いはシーズン通しての評価には意味を持つものです。しかし、前述の通り「今、球場で試合を見ているあなた」にとっては、よほどの差がない限りは「ほぼ意味のない数字」であるに等しいでしょう。だからこそ、野球は面白いので、球場まで観にいくんですけどね。

 話を戻しますが、数字というのは、意味のある「時と場所、そして人」があるのです。意味のない数字に騙され、惑わされるのは、愚か者である、と言わざるを得ないでしょう。

 しかしながら、数字は、時として思いがけないことを教えてくれます。
 例えば1年に3日しか、親と会わないという後輩。以前にも書きましたがこう説教をしました。
「お前のお母さんがあと30年健在だとして、あと90日しか一緒に過ごせないんだぞ。お前が生きる残り50年くらい(18250日)のうち、たかだか3ヶ月(0.4%)に過ぎない。お前はそれでいいのか?」と。「たかが0.4%だから、どうでもいい」と思うのか、「その0.4%をより良い時間にしよう」と思うのか、「0.4%から数字を引き上げよう」と思うか、そしてどうするかは、その後輩次第です。
 こういった、思ってもいなかった「数字」を突き付けられると、考えざるを得ません。私も、このことに気づいてから何かを変えました。教育勅語にもありますが「父母に孝に」ですよね。

 よく言う、「仕事が全てではない」というのは、その通りだと思います。しかし、人それぞれでしょう。
 例えば、年間休日120日として1日8時間仕事をするとしましょう。1年間(8760時間)のうち960時間(約11%)仕事をすることになります。睡眠時間が8時間だとして2920時間、約33.3%です。
 1年間に自由にできる時間は、55.7%(3380時間)だけということになりますね。そしてその3380時間を過ごす原資を稼ぐのは、仕事をしている960時間なのです。寝ている時間を除いた4340時間のうち、仕事をしているのが22%。それが多いか少ないかは人それぞれでしょう。
 よって、仕事が全てではありませんが、「ワークライフバランス」というのは難しいですね。

※ 1日8時間労働は少ないし、1日8時間睡眠が多いのは重々承知しています。私は1日8時間を超えた労働をしていますし、1日8時間も睡眠をとっていません。しかし、これは例え話なので、もし違うって思う方はご自分で計算してください。元になる数字が正確であれば、それがあなたにとって正確な数字です。

 閑話休題。
 この中にも数字の「トラップ」が混じっているかもしれません。
 そもそも、これらの数字はあなたにとって意味のある数字でしょうか?はたまた、意味のない数字でしょうか?それは、あなた次第。数字は、何も考えずに受け入れるのではなく、まずはその数字に、本当に意味があるのかを考えてみましょう。