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寿司職人

2016年9月末から10月にかけて、大阪府内にある、とある寿司屋が「韓国人のお客さんにサビを大量にのせたヘイト寿司屋」としてインターネット上で話題になりました。

私は一介の調理人としてこの寿司屋が許せません。
いわゆるヘイト問題を抜きにしても許せません。
なお、この問題について、私自身は、お客全般に対する差別行為だと考えています。

寿司。
実はとても繊細な料理なのです。
ぱっと見ただけでは、ご飯に刺身乗せただけのように思えるでしょう。
しかし、それが1つの料理になる。
それは小さな握りに込められた職人の全てがあるから料理になるのです。

例えば、シャリの味付け。
ネタの切り方。
ネタの状態。
ネタの育ちに釣られ方。
ワサビの量。
まだまだ書ききれないほど、細かくあります。

そして、寿司屋には譲れない世界があります。
金ではない、意地で握る物があります。
それはシンコとマグロ。

今回、問題となった寿司屋でだされた寿司の写真を漁りました。
シンコは江戸前のネタであり、今回の問題となった寿司屋は大阪の寿司屋です。
シンコの写真がほぼ無かったこともあり、寿司屋の華であるマグロで話したいと思います

日本人、それなりの人が食べた写真を見ると、シャリの形は地紙(扇形)、マグロは血だまり(内出血、身にある斑点)の無い、良いネタでした。
しかし、日本人の若者や外国人に出してる寿司の写真を見ると、シャリの形が俵形、マグロは猫跨ぎ(猫が避けるような品質)の手当の悪い延縄で採られた内出血だらけの状態です。
また、ネタにもご飯粒がついてるような素人握りでした。

偶然でしょうが、寿司屋の誇り、看板のマグロにこんな格差があって良いのでしょうか。
マグロとはとても繊細で、マグロの味は血の状態や熟成状態、切り方や温度で変わります。
例え猫跨ぎでも熟成や切り方で美味しくなるのです。
味は食べていないのでなんとも言えませんが、しかし写真からは手抜きしか感じません。

ただ「低料金の寿司屋」より見た目で一歩劣る寿司を、カウンターのある寿司屋でそれなりの料金をとりながら出すのはどうなのでしょうか。
こんな店です、きっとワサビも適当に扱うんでしょうね。

ワサビとは単なる脇役ではありません。
ワサビの量はネタの種類や状態、シャリの量で変えます。
ですからお客さんの希望でも、無闇と増やしません。
どうしても増やす時は別添えにします。
博多の友人の店ではカラシ1)江戸時代には徳川の家紋である山葵(ワサビ)を庶民は使うことができなかったとのことで、寿司にカラシを使っていました。をつけたり、一味をトッピングしてます。
ネタを殺してしまうのでワサビはある程度以上は増やせないのです。
それを、「たまに多くなっちゃう」「韓国人は辛いのが好きだから」とはどういうことでしょうか。それならワサビを別に添えるべきではないでしょうか。

なぜなら「美味しく」召し上がっていただきたいから。
料理とは、調理人の感情や心が表れやすいのです。もてなす気持ちがないとどうしても適当になりやすいです。同じ食材、同じレシピで作っても味に僅かですが違いがでます。

さて、寿司とはネタ、ワサビ、シャリが一体となり、美味しくなるのです。
ネタを殺して寿司にはなりません。
「魚」が「旨い」のが「鮨」なんですよ。

問題となった店は、差別以前に「寿司屋」「寿司職人」として終っていると考えています。

私は昔、半年ほど寿司屋のオヤジに頼まれて煮方として一品料理を作っていました。
その店には若衆の寿司職人が居ましたが、わざわざ料亭で煮方をしていた私が煮物、吸物全般を頼まれていました。
勤めていた料亭を辞めたかった私には良い話だったのですが、しかし「なぜ若い職人も居るのに私に頼むのだろう?」と思っていました。
オヤジからは「うちの若衆は寿司職人で懐石料理の板前じゃない」からだと言われました。
当時、私にはその意味がわかりませんでした。私は「同じ日本料理ではないか」と思っていたのです。
それまでその店の煮物、吸物はオヤジが作っていたそうですが、体調不良と年齢的な理由で寿司一本に拘りたく煮方を探したそうです。

オヤジが言っていました。
「寿司屋には懐石料理は作れねえ、もちろん懐石料理の板前には寿司は握れねえ。技が違う。」
「巻物1つでも3つか4つか6つ8つ…切り方で味が違うんだ。懐石料理には懐石料理の、寿司屋には寿司屋の技があり、両方を極めるのは今のうちの若衆には無理だろうな。」
「俺は寿司職人としてまだまだだ。極めてからじゃないと死ねねえ。」

その時、初めて懐石料理の煮方であった私をわざわざ呼んだ理由がわかりました。
そしてそのオヤジの下で学んだ「心構え」はその後の料理人として、また人生の想い・思想などに影響を与えられました。
そのオヤジも半年ほどで倒れそのまま板場で亡くなりました。生涯を寿司に捧げ、寿司職人として亡くなったのです。
今はオヤジの店も無くなってしまいましたが、私の心に生き続けています。

オヤジとの思い出がありますから、余計に、寿司(鮨)を汚すこの大阪の寿司屋が許せないのです。

投稿者プロフィール

尊皇討奸
國體護持・教育勅語の復活を目標としてる、個人活動家です。ブルーリボン活動、日章旗掲揚活動など、しております。 右左翼・国籍すら問いません。「(日本に対する)憂国心」「日本を憂いる気持ち」さえあれば!
Twitter  @requiemvampire

References   [ + ]

1. 江戸時代には徳川の家紋である山葵(ワサビ)を庶民は使うことができなかったとのことで、寿司にカラシを使っていました。