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靖國神社への提言

仕事で大きなプロジェクトに参画しているのだが、どんなに仕事をしても給料は据え置かれている。
職場での立場が上がり1つ2つの肩書きがついて、部下や後輩の面倒をみることになり経費で落とせない金と時間を使う機会も増え、生活が苦しくなるほどではないが、自分が徐々に貧しくなっていく気がする。
どうにも世知辛い世の中である。仕事に追われ続け、原稿も滞っているが、いい加減、書きかけの文章だけはなんとかしなければない、そう思い、パソコンを起動して、テキストエディタを立ち上げることにした。

靖國神社についての記事を書くにあたって、まずは私の靖國神社に対するスタンスを表明しなければならないと考えている。
私は九段下など、近くを通った際は、必ず靖國神社には参拝する人間である。何らかの活動の前後に、靖國神社を参拝してからことを起こす、という時期もあったのだが、23区内から転居し、距離が離れたこともあり参拝の頻度は減っている。
神社への参拝など自由にすればよいし、基本的には参拝をしない人間を責める理由もないので、本来は是々非々を論じる必要もないのだが、何かと話題になる「議員」が参拝するにあたっては以下の基準をもって是非としている。
まず、公式参拝と私的参拝という世間一般の俗称(?)を以下のように定義する。
公式参拝は公用車の利用や玉串料を公費によっておさめて参拝することをいい、私的参拝は交通費を含めてすべて私費でおさめることをいう。
議員報酬は血税から捻出されているものの、仕事で得た報酬・対価であり、それをどのように利用しようと個人の自由であるため、その点について言及はしない。

話を戻すと、以下のように是非を決めている。
公式参拝・・・
これは政教分離の問題をクリアできない限り参拝すべきではない。
私的参拝・・・
思想信条の自由があるため参拝をする・しないを責めるべきではない。

わが国の歴史を鑑みるに、神社とはもともと政治的な性質を持つものであり、特に靖國神社はその設立の経緯から、通常の神社よりも政治色は濃い。しかしながら、近年、右左翼による靖國神社の政治利用が度を超しているように思える。

例えば、2014年の都知事選に立候補した田母神俊雄氏は出馬にあたって以下のように述べている。

総理が靖國参拝をするのに都知事が靖國参拝をしないということで、みなさん、日本を取り戻すことができるでしょうか。

引用元:THE PAGE 2014年東京都知事選挙 田母神俊雄候補 第一声 <演説全文>

例えば、2016年の参議院選挙における維新政党・新風の候補者であった鈴木信行氏陣営も以下の発言をしている。

靖國神社を守るために、国会の最右翼に新風・鈴木信行に置かなければなりません。

いわゆる左巻きは選挙で靖國神社の名前を出すことはないが。反戦を訴えるのはいいが、やり玉に挙がるものの一つが靖國神社である。

以前の記事にも書いたことだが、8月15日にコスプレ大会や「九段下喧嘩祭り」を見ることは不快極まりない。なぜあの日、あの場所に「反天連」だのなんだのという、バカどものデモ行進を通すのだろうか。それが「カウンター」と呼ばれる抗議活動に繋がり、慰霊の日が「喧嘩祭り」になるのである。
また、ここぞとばかりと、参拝者へのアピールをする様々な団体を見るのも複雑な気分である。例えば「北朝鮮による日本人拉致問題の解決」であったり、「改憲」または「自主憲法の制定」であったり、「台湾や東トルキスタンの独立」であったり、そういった団体が訴えるイシューには大いに賛同するものや、一理あると思わせるものもあるのだが。あの日に限らず、あの場所でそれをすることは、まさに靖國神社の「利用」ではないのだろうか。静かに慰霊をさせてください。
新聞やニュースなどのメディアはどの議員が靖國神社に参拝したのかどうかを事細かにチェックしている。くだらない。もっと他に報道すべきことはないのだろうか。

私は、できるだけ文章は結論から書くようにするよう心がけているのだが、今回ばかりは前置きが冗長な文章になってしまった。
靖國神社を、次世代に残し、そして英霊に静かに眠っていただくために提言したい。靖國神社は「遊就館」を閉鎖したらどうだろうか。
靖國神社を次代に残すためには、まず政治利用をされないよう今まで以上に努力をするしかなく、そのためにもっとも合理的な手段はできうる限り政治色を消すことである。靖國神社でもっとも政治色が濃いのは「遊就館」であろう。
政治利用をする輩が悪いのであって、「政治利用をする輩に言え」と思われる先輩がたもいらっしゃるかもしれない。しかし、例えば私が家に施錠をせず、盗難に遭ったときには「もちろん盗っ人が一番悪いが、施錠をしないお前も悪い」と多くの先輩がたはおっしゃると思うのだ。
「遊就館」は靖國神社にとって、大きな収益源の一つである、とおっしゃる方もいらっしゃるだろう。しかし、靖國神社を愛する方々は、社会的地位もあり私などより仕事ができる方々がたくさんいらっしゃると思う。そういった方々が協力すれば遊就館なしに靖國神社の収益を改善することは、決して難しくはないと思うのだ。

靖國神社は「国立の追悼施設」という役割を終えている。
例えば国家危機の際、国難に殉じた自衛官は、靖國神社には合祀されることはないという。そう。靖國神社に合祀される御霊が増えることはない。
先の大戦の記憶が薄れるにつれて、御霊についての想いも薄れていくのではないか。悲しいことではあるが、これが平和になる、ということなのかもしれない。

国立の追悼施設という役割を終えた靖國神社を次代に残すためには、政治色を薄め、ひっそりと都心に佇むことだと、私は考えているし、そのためにできることがあれば何か協力をしたいとも考えている。
靖國神社の関係者と、靖國神社を大切をしている方々に提言したい。御霊を偲ぶ場所でもあり御霊に感謝する場所である靖國神社を次代に残すため、本当に必要なものは何か、ということを一度、イデオロギーから離れて考えて欲しい。